ゲノム情報科学
計算生物学あるいはバイオインフォマティックスと呼ばれる研究領域が急速に広がっています。物理学や化学においては計算機の処理能力の大幅な向上により、理論と実験の間に位置する第3の領域として計算物理学や計算化学が誕生しました。一方、計算生物学は分子生物学の実験技術の進歩に伴う大量のデータ、とくにヒトゲノム計画に代表される大型プロジェクトがもたらす大量の配列データの処理の必要性から誕生したものです。生物学にはそもそもまともな理論は存在しませんし、物理学や化学のような数値計算を行うための原理もよく分かっていません。計算生物学は、人間がデータ解析をする際の手助けとして、コンピュータを用いて行う情報処理だったわけです。
一方、ゲノム解析がさまざまな生物種の配列情報、遺伝子発現情報、ゲノム変異情報などをもたらすようになり、そこから実際に生命のシステムを(少なくともその一部を)コンピュータの中に再現することが可能になってきました。その過程の中で生命の情報構築原理を理解し、たとえば
- 環境汚染物質を分解する生物種のデザイン
- 生態系の反応経路にマッチした工業製品化
- ネットワーク予測に基づく病因遺伝子の探索
- ダイナミックな応答予測に基づく治療薬の開発
といった応用研究の可能性が開かれていくものと思われます。このような計算生物学を、実験データ処理のイメージが強いバイオインフォマティックスと区別して、ゲノム情報科学とよぶことにしましょう。ゲノム情報科学は生命科学と情報科学が融合した、21世紀の新しい生物学そのものとなるでしょう。